Tuesday, February 3, 2015

心理的引きこもりの治療と天照大神を天岩戸から引き出した神々のテクニック

誰かに裏切られたり、虐げられたり、恥ずかしい思いをさせられたりして、心に深い傷を負うと誰でも精神的引きこもりがちになり、本当に自分の心の中へ引きこもってしまいます。こうした患者さんを治療するのは一筋縄でないどころか、相当の根気強さが要求されます。しかも、効果的に治療するには、ちょっと考え方を変えてみることも必要です。

私自身の臨床経験で、このことにおいて日本神話の岩戸隠の話にある天岩戸に引きこもった天照大神と他の神々が取った対策からヒントを得たことをお話します.



しかし、どうして天照大神と精神的引きこもりの心の問題がどう関係がしているのでしょうか?それは、あの天照大神ですら、心が疲れきってしまったとき、引きこもってしまったからです。

始末に終えない悪さな弟である建速須佐之男命の行動問題によるストレスに疲れきってしまった天照大神は、天岩戸の穴の中に引きこもってしまいました。まさに、これは、心が傷つき、滅入ってしまった人が心を閉ざし引きこもり状態になってしまう現象とにています。

心に深い傷を受けた人は、何かちょっとしたことで“キレ”てしまい、精神的に引きこもってしまうことがよくあります。自分の部屋に引きこもり、中から鍵をかけ誰も入れないようにするといったあからさまな行動で示す場合もあれば、物理的には部屋の外にいて他の人達と一緒にいても誰とも話さず孤立したままの場合もあります。いずれにせよ、自分の心という“天岩戸”に引きこもってしまっているのです。

私が以前治療させていただいた当時12歳の女の子は、母が再婚した夫の4つ年上の義理の兄から性的虐待を受け、そのトラウマにより不信感に苛まれ、引きこもりがちとなってしまい、心配したソーシャルワーカーが私のところへ紹介してきました。彼女はひとつも口をきかず、特に、私が男性であるということもあって、まったつ無口であり、目をそらします。

私は何も治療ができないので当初困ってしまいましたが、そこで、天照大神が天岩戸に引きこもってしまったことを思い出しました。そして、この引きこもりに困ってしまった他の神々がいかにして天照大神の引きこもりを“治療”したかということも思い出し、これをヒントに、この引きこもってしまった女の子の心の治療を進めようと考えついたのです。

天照大神が天岩戸に引きこもってしまうと、世の中が真っ暗となり、様々な災いが起こった。そこで、他の神様達が根気強く外で歌ったり踊ったりして、天照大神が自ずから外の様子に興味がもてるようにして引き出そうとした。そして、その通り、あまりにも途切れなく外でお祭り騒ぎしているので、とうとう天照大神もいったい連中は何をそんなに騒いでいるのだろうと興味をそそられなくならざろうを得ませんでした。それで、徐々に岩戸を開けて様子をのぞき始めたのです。



こうした神様達の“テクニック”を私も、自分の心に引きこもってしまったこの女の子の治療に応用することにしたたわけです。

心が引きこもってしまっている人に外からいくら“心を開けなさい”と言ってもあまり効果がありません。真剣に自殺しようとしている人に、“早まってはいけない”、“自殺するな”、と叫んでも、あまりいい効果は得られません。

こうした行為は、閉ざされている心を外から無理にこじ開けようとしているようなものですから。天照大神が天岩戸の穴にこもってしまったとき、他の神様達はがむしゃらに閉ざされた穴をこじ開けようとはしませんでした。

そこで私は、この女の子に、“どうやら、君は私には何も喋りたくないし、私から何も聞かれたくないので、私も君には何も聞きません。君の喋りたくないのなら喋らなくていいよ。ただ、ソーシャルワーカーが言うようにあなたはこの部屋に私といっしょに55分いなければならないので、退屈だろうから、宿題でも何でも自分のやりたい事、やるべきことをやってていいよ。ソーシャルワーカーにはうまく言っとくから心配しなくていいから”、と言うと、この女の子は早速、私に背中を向けたまま自分のかばんを空けて、学校からの宿題を始めました。そして、私も、部屋の反対側の角で本を読み始めました。

まるで顔を合わせないにらめっこというか、我慢比べのような感じでした。しかし、こうした顔を合わせない沈黙の我慢くらべを6回(6セッション)やると、さすがに、この女の子の方から私の方へ話しかけてきました。

この子は私と反対側の壁を向いたまま、つまり、私に顔を向けないまま、私がいったい何の本を読んでいるのか聞いてきました。そこで、私は、その子の方を見ないまま、読んでいた本を差し出し、“興味があったら読んでみる?”と進めました。すると、すばやく、この女の子、私の手からその本をとって、“ありがとう”といいまた沈黙に中の我慢比べに戻りました。これが7回目のセッションでの出来事でした。

しかし、このことがどうやらきっかけとなり、実は、この女の子の方から私の方へ少しずついろいろ話しかけてくるようになりました。勿論、始めは私が読んでおり、7回目のセッションでこの子が私の手から取って読み始めた本の内容についてです。どうやらこの本がいままで心を閉ざし引きこもっていたこの女の子と私を結ぶ安全な橋となったようで、それから更に回を重ねるうちに、この女の子は本のこと意外私にどんどん話しかけてくるようになり、それまでお互い反対側の壁に向かい合ってましたが、もうそのようなことをせず、お互いの顔を見ながら、本以外のトピック、例えば、この子の学校での話しなどをするようになりました。

ただ、まだこの段階ではこの女の子が抱える問題の根底にある性的虐待によるトラウマについて触れるには時期早尚で、このテーマについてこの子が私と話ができるようになるまで、もう少しの間他の話題について話、この子が私と話をすることについて安心できるようにならなければなりませんでした。

確かに結構時間がかかりましたが、この女の子はある程度私と同じ部屋にいること、私と話をすることに安心できるようになると、自ずから私や私のすることへ関心を持ち、少しずつ自分の心の扉を開き始めたのです。そして、最終的には、この子にとって一番辛い性的虐待のトラウマについても私に心を開いて語れるようになりました。

心に傷を負い、更に傷つけられることを恐れるがゆえ、心の扉を堅く閉ざし、心という自分だけの安全な場所へ引きこもってしまった人の心の傷を癒していくには、やはり、時間をかけて、辛抱強く当人が自ら心の扉を中から少しずつ開いていけるような環境をつくらなければなりません。そのいいパラダイムが、天照大神が天岩戸の穴の中に引きこもってしまった時にとった他の神々のテクニックなのです。

このことは、心の治療の主体は私のような心理の臨床家ではなく、患者さんそのものであるということをも改めて認識させてくれます。だからこそ、心理士、カウンセラーなどの心の支援専門家は、心を閉ざした患者さんが自ら心を少しずつ開けるようなお手伝いを根気つよくするのです。その為には、私が先述の心を閉ざしていた女の子と行ったような、一見治療のようでないことをして時間を使うこともあるわけです。


まさに、回り道をすることが、“急がば回れ"と言うように、効果的な治療に結びつくのです。始めから、せくせくと、治療者の方から直接心を開くように頼んでも、患者さんはかえっていつまでも心を開いてくれないでしょう。もし、他の神々が閉ざされた天岩戸の穴の前で、いつまでも”お~い、天照よ、お願いだからここ開け出てきてくれよ~!“と懇願してもだめだったでしょうね。もし神様達がそんなことしてたら、日本という国はいつまでたっても真っ暗だったでしょう。心を閉ざし、引きこもってしまった人に、心を開いてくださいと頼むような治療では、患者さん、いつまでも自分の心にこもったままかも知れません。

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