Sunday, August 26, 2018

21世紀の平和教育:正しい武士道精神と玄洋社の理想


戦後の平和教育で煮え切らないものは、ただ”戦争はいけません”、”憲法9条を守りましょう”という当たり前のことや理想論を呪文のごとく繰り返しているだけだということです。本当にそのような平和教育は戦争抑止に効果があるのでしょうか?

よほどの精神異常者や軍需産業でぼろ儲けすることができる人でない限り、だれも好んで戦争をしません。普通の人間であればどうして人が殺されることを喜ぶのでしょうか?なのに、どうして普通の人間も一部の精神異常者や貪欲な軍需産業に関わる連中の狂気の道にはまってしまうのでしょうか?この問いを真剣に一人一人が問い詰められないような平和教育は無意味であるといっても過言ではありません。そして、この問い詰めをする為にやはり、大きな歴史的コンテクストで考えることも不可欠です。

そもそも、第一次世界大戦後、とりわけ、大恐慌後、日本軍は武士道の精神を失い節度のない凶暴な野獣のような集団と化し、天皇陛下をだまし、その名を悪用して日本を国際社会から孤立させ、日本の将来を担う沢山の若い命を間違った解釈の武士道で死に追いやり、日本を破滅の寸前まで押していきました。軍をそうさせた指導者こそ国賊であり、長い日本の歴史の汚点であるといえましょう。戦後、冷戦対策としてかつての敵国軍だった米軍の指導によって日本は自衛隊という名でポツダム宣言や新日本国憲法9条にもかかわらず、再軍備されましたが、この新日本軍はこうした旧日本軍の犯した許せざる罪をいつも認識しながら国防の任務と国際協力に励んでいるのでしょうか?そして、新日本軍の統帥権を持つ、日本の首相もそうなのでしょうか?
全ての人間が生きている間に煩悩をすべて克服できない限り、この世から戦争はなくならないでしょう。然るに、いくら平和教育や平和憲法なんていうものでもっても、戦争はいつ起っても不思議ではありません。現に、世界の歴史においても、もう2度と戦争をしないように、とウエストファリア体制が17世紀のヨーロッパに打ち立てられましたが、その精神とは裏腹に、戦争は絶えることなく起り続けました。そして、20世紀になって第一次世界大戦からの教訓として国際連盟が設立されましたが、なぜそれから僅かな間で第二次世界大戦が勃発したのでしょうか?

特に、無知、怒、貪欲、という仏教で咎める三毒は古来よりいつどの時代においても戦争の背後にある要素であるからして表面的な薄っぺらい”戦争はいけません”、”憲法9条死守”とかいったような平和教育は戦争抑止には歯が立たないのであるといえます。このことは日本の近代史でも証明されているではありませんか。

例えば、私の高校、修猷館、の大先輩であり東京裁判でA級戦犯として処刑されたただ唯一の文官である広田弘毅は外交官としてのキャリアを持ち日中戦争の拡大を非常に懸念していた平和主義首相として知られていましたが、日中和平工作の努力の甲斐もなく結局軍部の暴走加速にブレーキをかけることができず、その責任を問われ、処刑された史実を今一度深く考えなければなりません。あの広田弘毅ですら猛獣化していく軍の紀律を正すことができなかったのはなぜか?そして、あなたがもし、当時広田弘毅の立場にあればどのようにして軍に歯止めを利かそうとしていただろうか?そして、その効果はあったのだろうか?それとも、努力の甲斐もなく、広田弘毅のように戦犯として処刑台の露として消えてしまっていたのだろうか?そもそも、どうして当時の日本軍は武士道精神を忘れ、武士としての誉れある徳を失い、西洋列強の軍隊のように人を殺すことをゲームであるかのように楽しむように凶暴化してしまったのだろうか?

武士道を忘れ、というか、日本軍は武士道を捨てたのであるといったほうがいいでしょう。そして、その源流はやはり、幕末から明治にかけての変動の中、西洋かぶれ、西洋コンプレックスのうちに”官軍”をたて、かつての侍達の声を無視し、抑圧しながら明治政府作り上げてきた勢力に見られるのではないでしょうか?戊辰戦争の意義について無知となった官軍、白虎隊の叫び声が聞こえなくなってしまった官軍兵士達。。。日本軍が武士道精神を失い、軍紀をも失い、凶暴化していくことの初期症状ではないでしょうか?

西郷隆盛と並び、江戸城無血開城の功績などがあるのになぜ勝海舟は明治政府の檜舞台に立たなかったのでしょうか?なぜ西郷隆盛は明治政府の要職を捨て故郷にもどっただけでなく、かつて自分が陸軍大臣を勤めていた明治政府に対して西南戦争という形で挑んだのでしょうか?勝海舟や西郷隆盛は西洋列強のまねをしたがる連中にうんざりさせられたのであろうと思われます。

日清、日露、そして、第一次大戦までの日本軍には武士道を知る本当の志士が士官として残っており軍紀は守られていたのですが、維新以降の西洋かぶれ、入欧脱亜の精神で士官教育を受けた連中が軍を率いるようになると、陛下の為、国の為、というのは単なる建前であり、軍はただ連中の飽くなき自己満足追及の道具となって破滅まで暴走するようになったのではないでしょうか。

こうしたことをしっかりと検証することのない平和教育の意義はあるのでしょうか?そして、21世紀以降の新日本軍は集団的自衛権行使を含む国際協調に貢献しつつ今一度しかと武士道精神の徳を実践していかねばなりません。新日本軍は武士道精神に則り、国際社会から高く評価される世界一の軍紀を誇るものでありたい。

現に、台湾、ブータン、フィリピン、ベトナム、インドネシア、マレーシアなどのアジアの国々は、共産中国のアジアでの暴走を牽制する上でも、新日本軍の国際協調における役割に期待しています。よって、日本はこうしたアジアの国々の期待を裏切るべからずです。その意味でも、西郷隆盛の意志を継がんとして福岡の頭山満などが立ち上げた玄洋社のアジア共栄の本当の理想をアジア太平洋諸国との国際協調により実現すべく勤しみ、軍国主義によってこの崇高な理想が穢されることのないように努めなければなりません。
八紘一宇の理想を反映した国際協調に活かす武士道精神、これこそ日本だけでなくアジア太平洋の守りと安泰に貢献する新日本軍が忘れてはならない事であり、平和教育においても触れるべき事ではないでしょうか?

こんなこと書くと、私は薄っぺらい平和教育をしている人から”右翼”の烙印を押されるでしょうね。それでも結構、毛だけ、猫灰だらけ、そして、そうした烙印を押す連中のケツのまわりはどうせクソだらけでしょう。

武士の血が脈々と流れ、そして、文武両道、質実剛健、践修厥猷、を重んじる旧黒田藩の藩校だった修猷館で学び、玄洋社の精神を知った私にとって武士道がまちがった方向へ悪用され、軍が凶暴化することほど嫌なものはなく、本当の武士道が普及し、活かされるように努めることに意義を感じます。このことは西洋帝国主義がキリスト教を自分たちの都合のいいように悪用したことに本当のキリスト教徒が憤りを覚え、そうした間違ったキリスト教を是正する努力をしてることに相通ずるところがあるかと思います。かつての日本軍の過ちからの教訓を活かす為にも今一度、本当の武士道や玄洋社の理想的ビジョンと平和教育について21世紀の国際情勢を鑑みながら書いてみただけです。



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