Thursday, September 15, 2016

シカゴ仏教会足利祐敬先生ご夫妻から頂いた宝物:計らい超越から聴聞を通した柔和忍辱への生き方

先日、いつもお世話になっているシカゴ仏教会の名誉住職である足利祐敬先生ご夫妻から、日本へ帰国されるということで、ダンボール箱一杯分の貴重な仏教書を頂きました。本が三度の飯よりも好きな私にとっては、箱一杯分の宝物です。しかし、本の価値と言うのは、それをどう読み、その教えをどう活かしていくかということで決まります。つまり、本屋や古本屋などで取引する値段ではなく、読む人の読み方次第で決まるのです。よって一般経済学の需要と供給による価格決定の法則を超えたものなのです。こうした意味では、箱一杯分の宝には無量の価値があり、それをこれから私がどう活用していくかでその具体的な価値が決められていくのです。つまり、先生から頂いた無量の宝を無量の宝とすべしはこれからの私自身がこれらの宝をどう活用していくかということです。

今、その一冊を読んでいると、文字の向こうにある著者の声と、以前聞いた足利先生の法話にある先生ご自身の声が聞こえてきます。そして、これらの声の共通項的なところに私は今、足利先生から頂いた宝の価値を実感し始めています。
その宝とは何なのか、以下、述べてみたいと思います。
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シカゴの仏教会(浄土真宗、東本願寺大谷派)の名誉住職である足利祐敬先生と奥様が半世紀以上にもわたるアメリカでの布教生活の後、今秋に日本へ帰られる運びとなりました。帰国後の住居はシカゴの住居にくらべとても狭いため、先生の膨大な蔵書のすべてを日本へ持ってかえることはできないとのことで、足利先生から貴重な蔵書の一部をダンボール箱一杯頂きました。どれもこれも質の高い仏教書(と、先生が若いころ、今ではおっさんとなった私がまだ生まれる前、シカゴ大学神学部で学ばれて頃に読まれたキリスト教についての本も)であり、戦前に出版されたものも多く、神田の古本屋でも滅多に手にいれることができないものばかりです。中でもとりわけ嬉しいのは、清沢満之とその弟子である曽我量深の著書を沢山頂いたことです。清沢と曽我の著書なくして正統な浄土真宗の研究はできませんからね。

私の専門はカウンセリング心理とカトリック神学を主軸とした臨床宗教なので、畑違いの私に先生がご自身の貴重な仏教書を沢山くださることは本当に格別の嬉しさがあります。勿論、足利先生も私のこうしたユニークな専門分野をご存知であり、また、3年前に先生の仏教会で心理学の観点からも四無量心という概念に焦点をあてて唯識論についてお話させていただいとこと、それに、仏教とカトリック、キリスト教、の対話への取り組みなどといった私の活動を覚えていらっしゃるので、こうしたご縁からも、私ならば先生の本を先生のように重宝に活用できるだろうと見込んでいただけたからだとも思います。とても光栄なことです。そして、先生のこうしたご意向への感謝として、先生から頂いた貴重な本をただ私の本棚に大切に”飾って”おくのではなく、これからの私自身のカトリック神学と仏教学の対話への取り組み、更に、こうしたカトリック神学と仏教学の弁証論的な臨床心理や臨床宗教への応用の為にも、活用させてそれなりの成果をあげることができればと思います。

足利先生はまだ海軍兵学校生であった頃に終戦を迎えられました。奥様によれば、足利先生は戦後の何も無い時代に飯代をも惜しんで空腹に耐えながら本を買って住職になる為の勉強に励まれた苦学生だったとのことです。そして、戦後、以前はカリフォルニアに住んでいた日系人が戦時中の砂漠や荒地の中で収容所生活の末、カリフォルニアには戻らず”新天地”シカゴに定住する人が多かった為、こうした人達の為へのお寺の必要性から先ず、サンフランシスコ出身の久保世暁明先生がシカゴ仏教会を建てられ、この開教活動の為に足利先生は京都の本願寺からシカゴへと派遣されたのでした。しかし、アメリカ赴任の最初の13年間、足利先生は実質的に無給でした。当時、先生も奥様も、仏教普及というミッションの為、相当な苦労と努力をされながら切り詰めた生活をされていたのです。もし、自我による計らいの言うままであったならば、先生も奥様を連れて、“こんなところでミッションするのはいやだ。もっと待遇のいいところに回してくれるように本願寺に頼もう”、と言ってさっさとシカゴを出て行っていたことでしょう。しかし、先生も奥様も、そのようなことをせず、これも縁起であると受け止め、計らいを捨てて、ただただ阿弥陀仏の智恵の導きに聴き入りながら、開教、布教というミッションの為、切り詰めた生活に耐えてきたのです。まさに、清沢満之自身が執った自分の計らいを超えた縁起、自然に従順な清貧生活を反映したものであります。また、先日列聖されたカトリックのマザーテレサが行ったインドの最貧困地域でのミッションにもどことなく相通ずるものがあります。このことを奥様と話していたら、足利先生と共にされてきたご自身の苦労と共感できるところがあるとおっしゃいました。足利先生ご夫妻にしろ、マザーテレサにしろ、清沢満之にしろ、皆、ミッション的な使命感に対し自分自身の我による計らいを捨てることができたから人には言えないような苦労にも耐えてこれたのだと思います。

清沢満之も、その弟子である曽我量深も、勿論、親鸞上人も、自我の働きである計らいを克服する為に、無心で念仏を唱えることの大切さを教えています。計らいから自由になりたいが故、”南無阿弥陀仏”、つまり、阿弥陀仏に帰依(南無)するのです。このことは、カトリックの”数珠による祈り”とも言われる、ロザリオを使った祈りとも相通ずるところがあります。なぜならば、ロザリオは、完全な姿の人間、人間の理想ともいえる、そして、それ故に神の母となった穢れ無きマリアの清純な生き方に心を思い起こさせ、信者の心の霊的な重心が計らいの元である自我から離れキリストの心へと”南無”、つまり、帰依できるように願うものだからです。よくプロテスタントの人の中には、カトリックはマリア信仰をしているという人がいますが、マリアを信仰しているのではなく、イエスの実の母であるマリアを霊的な”触媒”として私達の心を信仰の唯一の対象であるキリストと一つにしようとしているので、ロザリオでいくらマリアを讃えているても、その本質的は対象はその子であるキリストに向けられているのです。そして、本当にロザリオの意義を理解してロザリオによる祈りを唱えているカトリック信者であれば、だれでも、人生の試練においてロザリオによる祈りがいかにして迷い沈みこんでしまいそうな自分の心と魂を忍耐強く正しく導いてくれる術となるかということを証言できます。そもそも、マリアが天使ガブリエルより神の子を懐胎したことのお告げを受けた時、一瞬、動揺し、どうしていいかわかりませんでしたが、彼女がなぜあの時不安の奈落に突き落とされなかったいうと、”神様、どうしてまだ正式に婚約者のヨセフとも結婚してない私にそんなことするの?これがばれたら、私はモーセの律法により死刑だわ!”などといったマリア自身の計らいがもたらす文句を何一つ言わず、彼女自身の計らいを棄てて、すべての元である神の”本願”に”南無”したからです。その後も、イエスの母として、夫であるヨセフと共に様々な苦労を重ね、ヨセフの死後もマリアの苦労は続きました。自分が腹を痛めて貧困の中で産んだ息子であるイエスの痛々しい死を十字架の下から見守っていた時のマリアの心が張り裂けるようなマリアが負った痛みは普通の人が耐えられるものではないでしょう。しかし、マリアはこうした度重なる苦労や苦痛が原因で心や魂の病を患いませんでした。彼女は美しいだけでなく強かった。その強靭さの背後には、いつもマリア自身の神の”本願”への”南無”の実践があったからだといえます。だから、マリアを想いながらのロザリオを通した神への祈りは、計らいがもたらす様々な心の障碍を克服するのに臨床心理学的にも有効なのです。

カトリックのロザリオによる祈りとも似たところがある、親鸞上人が開いた浄土真宗の真髄の集約ともいえる”南無阿弥陀仏”の念仏は、清沢師や曽我師がより詳しく論ずるように、仏教徒、特に、浄土真宗派、にとって、人生の試練において、現状を縁起としてあるがままに受け入れ、阿弥陀仏の無量の慈悲の光の恩恵にすべてを委ねることで忍耐力を得て、乗り越え、浄土へ向けて更に成長できるようにするものです。こうした念仏の効果は、臨床心理学的な観点からみても、本質的にはロザリオと同一の、計らいを超越することの効果についての真理を教えているのだと思います。このことは、禅宗と深い関わりをもっていた森田正馬が考案、実践した、森田療法という日本の心理療法の要点である、唯実論、好きであろうが嫌いであろうが、今自分の置かれている現実を”あるがままに受け入れる”ことの臨床効果にもつながっているといえましょう。こうした、念仏であれ、ロザリオであれ、自我による計らいを超えたところに本当の宗教的のご利益ともいえる、忍耐力、レジリエンス、の心理的な臨床効果が見出せるのだともいえます。

足利先生が開教師として奥様と共に歩んでこられた仏法伝道とシカゴのサンガの発展の為のミッションにおける半世紀以上にもわたる様々な苦労を乗り越えてこられた理由の大きな要素は、やはり、先生ご自身が力を入れて学ばれた清沢満之と曽我量深による浄土真宗のありかたを自ら実践されているからだと思います。そして、今、箱の中から一つ一つ先生から頂いた貴重な本を取り出して、読んでいると、先生が奥様と共にずっと実践されてきた計らいを超越することの教えが改めてひしひしと感じとれます。

今、手にとって読んでいる曽我量深による”歎異抄聴記”という京都の丁子屋書店から昭和22年に出版された本を読んでいると、

お聖教の中に声あり、お聖教は大体文字であるが、その文字の中には声がある。そのお聖教の中に言葉を見出して声を聞くのでなければ何にもならぬ。文字は読むべきもの、言葉は聞くべきもの。文字はこちらから読む、言葉はただ仏の仰せを謹んで聞く。だからして文字を読む時はまだまだ主観のはたらき、分別の計らひであるが、併しお聖教の言葉を聞くときには我等の計ひはない。絶対の力、絶対の権力を以って我等に迫って来るそれが歴史といふものの力である。我々の計ひの這入る余地のない世界、それが念仏の世界であり歴史の世界である。

本願を文字として読んでは何もならぬ。本願は如来の言葉である。その世界を自然といふ。それが願力自然の世界である。願力自然の道理によって、道理には力がある、願力自然の如来本願の御運びによって我々の刺々しい心にも自ら柔和忍辱の心も出てくるであろう。 三六二 ページ  (原書はすべて旧字体、旧かな使いです)

と記してあります。

つまり、自然とは自我による計らいのない本願に従順な状態であり、それが故に私達はどのような状況をもあるがままに受け入れるべき縁起であると理解でき、私達は忍耐強く生きていけるのであると教えています。ここでいう自然という本願に順々な状態とは、南無阿弥陀仏の念仏の心そのものであり、また、森田療法にある”あるがままに受け入れる”という体得すべく姿勢でもあります。そして、勿論、このことは、聖母マリアが示した神の”本願”への”南無”であり、ロザリオの祈りにも反映されています。

ここで曽我量深が教えんとしているのは、計らいを超越した”南無”の心を得て、柔和忍辱といった精神的な忍耐性を体得することの第一歩は聴き入ることだといえましょう。この教えは、今年の正月の足利先生の法話にあった”聴聞”の大切さの教えそのものです。この年初めの法話において足利先生は、日英両語で、改めて、私達皆が自我による計らいを克服してお互いに”聴聞”できるようになり、より良き、思いやりに満ちた、サンガを目指しましょうと結ばれました。つまり、お互い、”聴聞”しあうことで、私達は曽我がいう柔和忍辱という優しさと忍耐力という強さの両方を得て、独りではなく、皆で一緒に浄土へと成長していけるのだといえましょう。

最近、私達はお互いの心に本当に聴き入りあうことができなくなりましたね。我も我もと、皆、自分のことばかり気にしており、自己中心的な人ばかりです。しかも、自分のことで忙しい。だから、一昔のような心がつながった会話に満ちた集いや共同体も消えていき、雨後の竹の子のようにあるのは、情のない冷たい機械的な電子メッセージによるやりとりです。こうした現象とほぼ同時進行に、日本では宗教離れが進み、今までは多くいた形だけの仏教徒すらいなくなっていっているようです。皆、自分だけの”自由”な世界へと入り込んでいっているようです。

一見、”自由”とはいえ、これは、”聴聞”する人がいない、そして、だれも”聴聞”してくれる人もいない孤独な世界へとのめりこんでいる、いわば、”オタク”化現象だといえましょう。こうした21世紀の”聴聞”のない自己中心的な幻想の自由に毒された”オタク”化する社会病理は、19世紀末のフランスの社会学者、Emile Durkheimが警鐘したanomieという集団的実存危機へとつながります。これは、Viktor Franklがいう”Noogenic Neurosis”、つまり、スピリチュアル、霊的、なことが要因で起こる神経症、でもあり、まさに、Paul Tillichがいう”Existential Crisis"、つまり、実存危機そのものです。Franklによれば、こうした状態がそのまま更に悪化、つまり、”オタク化”の進行が進むと、死というところに行き着きます。しかも、Durkheimは100年以上前に宗教離れと自殺の増加の相関性について実証的見解を示しています。しかし、Franklは、こうした最悪の事態にならないようにするには、人生の意義が認識できるよにすることが大切だとも強調しています。

Franklが説く人生の意義を回復させるには、やはり、先ず、私達が自我による計らいを克服でき、計らいに縛られないように生きていける環境、しかも、誰もが気軽に集えるような環境にあるサンガ、コミュニィティー、家族関係、対人関係、を持つことが大切です。その為にも、自我による計らいという障碍を取り除くべく、ロザリオの祈りとも並行できる念仏の心で持って、自分を超越したところにあるダーマの真理の声に聴聞し、そして、お互いに聴聞しあえるように精進することが大切です。そして、こうした聴聞の修行は、清沢満之の教え受けた曽我量深がいう柔和忍辱の徳へとつながり、私達は一緒により優しく、かつ、より強靭な人間に成長していけるのです。そして、こうした精進の必然的結果が浄土であり、救いであるといえましょう。

私が足利祐敬先生から頂いた形而上的な宝物は、先生の説教や法話だけでなく、奥様と共に、ご自身の生き方にも示されてきた、計らいを克服した聴聞の実践による柔和忍辱の涵養の知恵です。そして、先生から頂いた箱一杯の書物の宝物を紐解いていると、この先生の教えが、先生ご自身が学ばれた曽我量深などの文字に表された言葉からも聴聞出来ます。

私は今読んでいる”歎異抄聴記”という70年近く前の本を記した曽我量深という人と直接会ったことが在りませんし、世代が違う人でもあります。しかし、この師に学び、この師による本を下さった足利祐敬先生とは直接お会いし、また、直接先生の説教や法話を聞かせていただくことも出来ました。こうした足利先生とのご縁を通じて、曽我量深という師との縁をも先生から頂いた書物の宝物を通して持つことが出来ました。そして、このご縁の中に、計らいを超越した聴聞による柔和忍辱への精進の智恵の宝を見出せます。しかも、ロザリオによる祈り、マザーテレサの生き方といったカトリックの観点からも見出せる宝であり、これからの私自身のミッションを柔和忍辱的に続けていく上での宝でもあります。

ふと、今手にとって読んでいる”歎異抄聴記”の巻末を見たら、“谷大卒後の初の報恩講に遇ふことを得て”という足利先生の書き込みがありました。この書物から、曽我師の声にある宝とその門下生である足利先生の声にある宝の双方が聴聞できることは無理もありません。この本は先生が大谷大学を卒業されてからご自身の卒業を記念すべく購入された本なのでしょう。そうした意味でも、今この本を読んでいる私は智恵の宝を手に取っているのです。

足利祐敬先生、奥様、宝物、どうもありがとうございます。

帰国されてからも、足利祐敬先生と奥様が末永くご健在であり続け、危機感高まる祖国において、これからも計らいを超越した聴聞による柔和忍辱への道、そして、その先にある浄土への道を多くの人達に示されることを願います。


合掌

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